胆振東部地震のときの日記が出てきた

GoogleDriveを漁っていたら、胆振東部地震の一週間後あたりの日記が出てきた。

備忘録として被災時の状況を書き残していたらしい。

読み返したら面白かったので晒してみます。 

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 震災から1週間でここまで日常に戻れるのってすごいなって思います。

 

【備忘録的な】

・乾パンあっても意外と食べる機会がない

・ソーラーランタンは予想以上の便利グッズ

Nintendo Switchはかなり良い娯楽

・みんな意外とコンビニ等でくだものは狙わない

・安全な地域にいる人から正確な情報を抜粋してもらえると滅茶苦茶助かる

・携帯電波不安定時に画像データ(スクショ等)は読みこみづらいから、文章で抜粋してもらえるだけでGOOD

・情報をとりたければFacebookよりTwitter(信頼できるアカウントによるRT・情報提供が重宝する)

・皆と同じ規格だと救われ、皆と違う規格だと困る…という構造は震災時にも露呈する(補足;自分の携帯を充電したいと訴えていたおばちゃんがいたけど、昔のガラケーケーブルが必要で誰も手伝ってあげられなかった)

・次回ライフラインが同じ状態に陥ったら、事務所で水道トイレだけでも開放したい。

 

【以下日記的な】

夜中にふっと目が覚めて体感で数十秒後にがくんと揺れた。

寝床の真横の本棚を飛び起きた旦那が必死に抑えてたのは、さすがに人生初の光景。。

本棚は無事でしたが、お気に入りのマグカップたちを中心に食器が砕けて鋭利ゴミと化してしまった。

 

自宅は水道がポンプ式?だかで、停電とともに水が使えなくなっていました。ガスもNG。

当初は携帯が使えたのでTwitter気象庁HPなどで必死に情報収集。友人とやり取りをしながら状況を把握。

明るくなって状況確認のために事務所へ行くと、何事もなかったかのように綺麗なままで、ガスも水道も使える。なんという地域差。。

近所のセコマは自家用車から電源をとりながら辛うじて営業していて、普段おいてある大量の食料品が消えた代わりに大量の人影がありました。

 

その後、前勤めていた職場の確認作業をお手伝いしたらお昼をごちそうになって、大変な最中でも少し気持ちが楽に。

有事の際に誰かと集団で過ごすって気がまぎれるもんですね。

 

食料品として、みんながあまり狙わず栄養のあるものとして、くだものとトマトを買い込みました。

 

夜、昨年なけなしの自分のお小遣いで買ったソーラーランタンが大活躍しました。

簡易消火スプレー完備でお墓参りグッズも参戦。

(多分)人生ではじめて買ってあったカンロにハチミツをかけて「メロンだ…!」と嗜みながら、フル充電されてるNintendo Switchで遊んで、気を紛らわしていました。

って書くと楽しそうかもしれないけど、正直不安でしんどかったです。

親のところは早い段階で通電したというし、札幌市内でも通電したって書き込みがみられて。

何度ブレーカーあげさげしても沈黙を保つ我が自宅が心底憎らしかった。

携帯電話も圏外(正確には数分に一度、一瞬だけ送受信する)

でも、いい感じにこの状況を楽しまないとな。って思って。それで。

 

翌日、まだ圏外と知ったときに胃が重たくなった。

近所のおじさまがたの間で「違法周波数帯の電波が通信を邪魔している」という噂が流れるくらい混乱してた。

Twitterで自宅が圏外であると嘆いていたら、道外在住の趣味仲間たちが情報を抜粋して転送してくれて、それがかなり心強いのなんの。。

××地区と××地区の情報あったらお願い!とか。ガソリンスタンド情報わかったら教えて!とか。甘えさせてもらってました。

周囲で被災経験のある方々の情報が本当に的確で、その経験にわたしも助けられ感謝。いつか他の友人の有事の際には同じかかわりができたらいいだろうな。

 

事務所で強制解凍された大量の肉を旦那に調理してもらい、

孤立している恐れのある友人を呼び、3人で食事したり。夕方通電したので、風呂に入ったり。

肉は余すことなく食べることができたし、一緒に過ごすことで自分自身に余裕がうまれて、来てくれて有難かった。

 

夜に帰宅したら、自宅も電気がついて、心底ほっとした。。