家父長制という無意識の常識に対するアンチテーゼ

結論からいうとね、家父長制という捉え方の中で、家族の個別化が為されていないって言う愚痴の話。

 

実はわたくし、とある法人の理事を務めておりますです。

「理事を務めている」と書くと物凄いカッコイイ響きがあるけれども、友達が立ち上げた零細法人のお手伝いをしている、ボランティア理事さんです。

しかも本業は別にある、いわゆる「外部理事」のため、現場の実情はよくわかりません。スーパーバイザー程度の立ち位置。

 

そんな中、わたしの紹介でその法人で働くようになった、うちの旦那とも知り合いのAさんから旦那宛に連絡が入りました。

Aさんから「辞めたいと思うので、おきょうさんにもよろしくお伝えください」みたいに言われた、と。

旦那は「それはあなたから直接おきょうさんに話してください」と言ってくれたようで、後日わたしも単独でお会いしてお話を伺いました。

現場の状況と関係性がわからない以上、その日聞いたお話を先にわたしの方から代表にお伝えする(ワンクッション置く)ことにしました。

 

数日後うちの代表に伝えたところ、現場で相当いろいろあったようで、ブチギレ方が凄くて落ち着くまでが大変でしたが、最終的に「3月×日の会議の時にその話をお聞きします(それであればゆるす)」という言伝をもらって、わたしからAさんにフィードバックしました。

「代表からの意向で、3月×日に話して欲しいとのことです。それまでは話さないようにお願いします」Aさんから「わかりました」との返事がきました。

理事としては必要なことが出来たのではないかなと思って、めでたしめでたし~… 

とはならなかった。

 

まさかの旦那宛に「自分のスタンスとして今日これから話してこようと思います」という連絡が入り、旦那も「ええええ~!?!?」と大困惑。

「おきょうが動いていることなのに何で僕に連絡くるんだよ、やだよ~~~。これ、僕から代表さんに言わないとダメかなぁ???」

もうここまでくると「…どうせなるようにしかならないから、いいんじゃないかな。もう」としかいう他なかった。

 

そして旦那が、

「いつもいつも、おきょうに対する連絡が僕にくる。(※「おきょうさんにも伝えておいて」という流れが多い)僕とおきょうは別の人なのに、家族だからってみんなで同一視してくるのが嫌だ。みんながおきょうを蔑ろにしている感覚がするし、そもそも僕だっていちいち対応しないとならないとか面倒くさい。だからもう離婚したら、例えこれからも同じ家に住んでいたとしても、公表しよう。僕たちは別の人間だから、別の人間として連絡してくれと周囲に言おう。」

(※離婚のタイミングで一人暮らししようと思っていたが、わたしは名字を旧姓に戻すつもりがなく、わざわざ公表しなくてもいいかなと思っていた)

 

まさか旦那からハッキリそう言われるとは思わず驚いたけれども、真剣に怒ってくれていることが有難かった。

元々離婚はする予定だったけれども、社会に対する問題提起としてきっちり離婚しよう。と、さらなる決意を固めることとなってしまった。

 

家父長制という無意識の常識が、離婚の決意を上塗りさせた事例として、書き残しておきます。

 

↓↓離婚騒動の発端↓↓

 

↓↓選択的夫婦別姓賛成の話↓↓