個人主義を極めると「結婚しなくて良い」になるのかも

別に我が家の離婚の話は周囲に隠しとおすものでもないということで、相手を選びながらも徐々に話しております。

同業他社に勤めている仲の良い同世代の方が、うちの職場に業務を兼ねて頻繁に遊びに(?)来られるのですが、最近は恋愛観や人生観なども話し合ったりしていて、まあまあ楽しいです。

その彼は「エキセントリックな(曰く、予想外な価値観を持つ)彼女が欲しいけど、少なくとも自分に合わせてもらえる相手が見つかるとは思えない。お互いに自立してべたべたしなくても良い彼女が欲しい」とのことで、「自分は生涯独身かな~」と話してました。

今日その彼に「うちは仲良いからこそ別れることにしたわ~」と報告したら、実際に夫婦仲が良いのを知っていることもあり「え、それって別に籍抜かなくても、別居で良くないですか!?」と驚かれました。

今更ながら「確かにわざわざ籍抜かなくても良いよなぁ」と思うわたしがおりました。本当に今更かつどこか他人事というね。笑

最近旦那とは「これからも家族として大切だし、もしまた夫婦になりたいと思えたら翌年再婚しよう」と話していたりするし、旦那もわたしの犠牲になっていた感覚に気付いたとのことでした。

「一旦お互いの生活を大事にしたい」という気持ちにブレはないようで、どのみち一区切りとしての離婚は必要そうです。

 

最近は「個人主義」を突き詰めると、結局「結婚なんてしなくて良いよね」という結論に至りやすいんだろうなと感じています。

コンビニがあれば食うに困らない。家事は全自動の何かがやってくれたりする。寂しければたくさんの娯楽や風俗がある。収入は低くて家族を養える状況にない。寧ろ彼氏だの彼女だの面倒臭い人間関係に責任を取らなくていい。他人と暮らすためにわざわざ我慢しなくていい。

日本の少子高齢化・生涯未婚率の増加の元凶はこのあたりにあるんじゃないかなと思います。出会いの有無だけではなく。

 

わたしには他の誰かとの再婚願望があるけれど(子育てしてみたいからね!)再婚するとしたらどんな人が良い?って考えると、うーん。

正直、個人主義に染まりきると再婚できないんじゃないかなぁと諦めの気持ちも沸き始めております。

だから究極的な話「相手と衝突しても許し続けられそうだし、何なら相手のためにいつでも死ねる」と思える相手かどうかを見極めるしかないかも。

子育てを前提とするなら、子育てを一緒に楽しんでくれそうな人、とかね。

恋多き女として別にバツ10とかでも悪くはないのかもしれないけど、次こそは一生真隣で寄り添い続けたいと思える人と穏やかな生活を育みたいなぁ。

 

因みに旦那から「おきょうに首輪をつけたければ、結婚相手はクリスチャンになるしかないね」と言われました。ははは、よくわかっていらっしゃるw

 

※わたしの離婚の発端