ラスボスは自分自身

こんにちは、おきょうです。

 

数ヶ月前に仕事を辞めて、主婦生活をエンジョイしていましたが、本日正式にお仕事が決まりました。わーい。

Twitterにも書いた通り、不思議なご縁をいただきました。

タイミング(カイロス)は人智を超えた恵み。恵まれてるなぁ、幸せだなぁ…という気持ちで胸がふわふわ熱くなります。

しかもその職場の関係者に、わたしの化学物質過敏症が激症化してどん底だった時に「私も病気で色々あったけれども、今ではその経験が宝だと思っている。だから今は苦しくともいつかきっと"なって良かった"って思える日がくるはずだから」と励まして下さった(その一言でやっと前を向けるようになったくらい)心の恩人の方もいて、今後は仕事上でご一緒できそうなのです。やったね。

 

お陰様で今では化学物質過敏症になって良かったと思ってます🙋‍♀️

皆と同じような暮らしができないのは未だ苦しいけれど、生活の質がとても改善されて、健康体になれた。世の中の「当たり前な」仕組みに疑問を持って自分で判断して生きていけるようにもなってきた。大きなキッカケがないとここまで変われなかったことを思うと、苦しみですら、喉元を過ぎれば恵みに変わるように感じます。

 

そんな良いこともある一方で、昨日は久しぶりにどん底気分を味わっていました😅

現在、旅をしながら暮らすという壮大な夢の一歩として、自動二輪教習に通ってるんですが…

何度やっても教習所の一本橋がクリアできない😱

前に大きく転倒して脳震盪を起こすという怖い思いをしてから、バイクを一本橋に乗せることすらできなくなりました。

教習時間が大幅にオーバーしているせいで、教官もどことな〜く呆れているような、イライラしているような、独特の空気を感じてしまって、緊張する→できない→自責する→緊張する→・・・ の悪循環に落ちてるみたいです。

 

バイクってかなりメンタルが反映される乗り物だなぁとつくづく思い知らされます。

こんなの楽勝よ!って思ってた頃の方がよっぽど運転が上手かったのになぁ。笑

 

何でうまくいかないのか、どうするべきなのか、実は「頭では」わかっています。フォームが悪い。

でも「身体が」ついていかない。教官に教えられた通りにやってるつもりでも、どうも違うらしい。身体がきちんとしたフォームを覚えてくれない。

「どうしてそのフォームができないのか」と言われるけれども、どうしてなのか自分でもわからないから内心でパニックを起こしてしまう情けない30代。

「子どもの頃から運動神経がありえないくらい悪かったからなぁ…」←言い訳

自分には向いていないのかもしれないと考え始めたら、自分から吹き出す何か(?)がどす黒くなってきたのを感じました。

元々豆腐メンタルなので、ちょっとした衝撃で潰れちゃうんです😥

一方で「自分の頭(不安)が、この惨状を招いているんだろうな」ということも感覚ではわかっていて。

どうやったらうまくいくんだろう?のヒントが欲しくて友人に泣きつき電話したところ、「脳を騙すしかないよね」と言われました。

 

「わたしはいつもうまくいっている」という暗示が良いそうです。

 

そうなってくると、ラスボスは自分自身ということに😱

文章に書くと一本橋なんて大した悩みに見えないんですけど、少し考えただけでも吐き気するくらいトラウマになってるみたいなんです。。

諦めたら良いかもしれないけど、子どもの頃からの夢を諦めるのも悔しい…。

 

ただひとつ言うなれば、わたくし、いつも圧倒されるような出来事で挫折寸前に追い込まれて、必死にしがみついたものだけは最終的にうまくいくという「おきょう版人生の法則」があるので、ここでしがみつければ乗り越えられるかもしれない…←苦しみの渦中にいると疑いたくなるタイプ❤️

 

化学物質過敏症や仕事の件(その他過去のアレコレ)みたいに、後から思い返して「頑張って良かった〜〜」と思えるような出来事に昇華できると良いなぁ。

 

わたしはいつもうまくいっている ・・・