「名前を覚える」ということ

先日、名前、とりわけ苗字を覚えることについて、興味深いエピソードがありました。

 

きっかけはとある教授との会話。

  • その教授は仮名で「中田さん」とします。
  • わたしは仮名で「熊谷さん」とします。

 

 わたしは中田さんにいつも苗字を間違えられる。

「くまがい」なのに「くまたに」さんと呼ばれるのである。

その方に限らず医療機関、そして数年来の友人からも「くまたに」と呼ばれたり「くまや」「くまがや」と呼ばれたりと、苗字が正しく読まれないのは日常茶飯事。

わたし自身は相手の苗字を間違って覚えることがほぼほぼ無く、旧姓は原則読み間違いようのない苗字。(※鈴木さんのような)

そのせいか、苗字を間違える=失礼な事と思っていた時期もあった。

結婚する前はパートナーの苗字を呼び間違える人に対して「この人、くまがいですよ?」と割って入りそうになることが多かった。

結婚してから時間が経ち、間違われることにも慣れてしまったのでいちいちツッコミすることもないけれど、中田さんには一向にわたしの苗字を覚えてもらえる気配がないし、中田さん本人からも「苗字を覚えるのが苦手なんですよね」とも言われている。

 

そんな中田さんにはある悩みがあるらしい。

その悩みとは、苗字を「田中さん」に間違われる事。

「初めまして、中田です」「あ、どうも初めまして田中さん」と名乗ったそばから間違われることも多々あるそうだ。

流石に名乗った直後に間違われるなど、個人的には「あり得ない」と思ってしまったのだが、そういった方が世の中に一定数いるとのことだった。

 

ふと考えた。何故そのような間違いが起こるのか。

「中田」と「田中」を間違えるというのは、苗字に使われている漢字の順番を間違えているということなのだろう。

つまり漢字の配列で覚えている。「中」と「田」が使われているから、「中田さん」もしくは「田中さん」といったように。

 

しかしわたしの場合、どうやら他人の苗字を覚える時は音で覚えているみたいなのだ。

「なかた」

「たなか」

こうして文字で並べてみると、漢字の時と同様に、同じ文字の並べ方を変えただけにも思えるのだが、音にして認識しているということは、恐らく母音の違いのみならず、N(a) K(a) T(a)と子音の違いでも記憶していると思われる。

だからわたしにとって中田さんは中田さんだし、他人が「くまがい」を「くまたに」とか「くまがや」「くまや」に間違う感覚を理解できなかったのだ。

誰かに名刺をもらって呼び間違えたとしても、きちんとした訂正をいただければ次から覚えることができていたのは、そういうからくりだったのだろう。

 

何気ない会話からそういった気付きを得たため、中田さんに話してみたところ「君は特殊な覚え方をしているようだね」と言われてしまった。

 

因みに、中田さん曰く「中田は田中に間違われるけど、田中は中田に間違われることがない。だから田中が嫌い」だそうだ。