離婚して事実婚

Twitterのトレンドで見かけた。

うちで目指していたのはコレですよ、コレ!

実際のところは、わたしの姓は戻さずに別居する、という点で真逆な面もあるけれど、対等でありたいが故の離婚もあるってことです。

これじゃあ二番煎じに見られちゃうね。って旦那が笑っておりました。

 

実際に離婚すると決めてからの方が、一緒に居て苦しくなくなりました。

「これからも家族でいるために、紙切れの契約書(婚姻届)は要らないであろうことを証明できるか実験だね」と話しています。

予定では6月までに引越して、結婚記念日に籍を抜く予定でしたが、わたしの急な転勤で来週には単身生活がはじまります。

自分らしく生きていくことを自分に許すことで、単身という選択肢=自分の好きな仕事を継続することができそうです。

人は皆いつ死ぬかわからない。だから旦那がいつ死んでもいいように自分で生きていく力が欲しい。それは歳の差婚をした時からずっと考えていました。

我が家において、旦那のために(妻のために)我慢をするという生き方は、結局のところ共依存にしかすぎなかったです。

だからわたしたちは「夫婦」を辞めてみます。

 

「最近ジェンダー問題の講演会をきいてから、今までいかにおきょうが世間からの見られ方で我慢を強いられていたかわかったよ。だから今回は絶対に別れるし、別れて公表する。でも、もし、おきょうが赴任先でしんどくなったら、いつでも帰っておいでね」

と言ってくれる旦那には、心の底から尊敬と感謝なのでした。

 

背伸びするのやーめた

転勤先が決まりました。

本当は飛行機使って更に奥地に行く現場にある、全国でもレアな希望職種(多岐に渡る業務内容)で働きたいと思ったんですけど、そちらの総責任者と相性が悪かった。

これからの話や現在の法人における業務実績の話ではなく、過去の職歴(短期離職)および病歴を根掘り葉掘り聞かれ、心底不要な勝手な心配をされてしまい、「できないやつ扱いされた」と、わたしは感じた。

いろいろ言われたとしても、受け取り方の問題、相手が持つ常識とこちらの持つ常識の違いだということはわかるんだけど、その日は少なくとも感情が対応しきれなかったし、相手方の主張に矛盾を見抜いてしまったので、この面談は最初からタテマエだったのだと理解した。

その地域は慢性人手不足だそうで「別職種で働かないか?」と言われたけど、わざわざ引越し費用をこちらで負担して行くというのに、大してやりたくもない職種(しかも法人内でよくある内容)なら、別にその地域じゃなくてもいいよね。ということできっぱり「わたしがそちらの地域に応募したのはその職種に魅力があったからであって、別の職種は希望しません」と伝えた。

双方の価値観の違いも含めて働きやすいか・働きづらいか・やりがいのある仕事を任せてもらえるかが重要で、わたしが素直なわたしで居られない職場はこちらからお断りでございます。

はなからステレオタイプに合わせて決めつけられるような、歩み寄りのない接し方をされたので、「あなたの現場の慢性人手不足は致し方がないでしょう」とこころに思いながら、届いた不採用通知にタテマエの御礼のメールを送りつけた。

 

現在の上司にその話をして履歴書と職務経歴書を見せたところ「法人規定上、職歴に問題はないから、単にお前が素直すぎてハッタリかませられなかったからだ。できないものもできると言える奴が最終的に出世できる」と言われたけど、他の同僚からは「例えハッタリかませられたとしても、おきょうさんがおきょうさんとして居られない職場は続きません。もっといい現場があるはずだから落ち込まないで」と励まされた。

 

まあ、そうだねぇ。上司は根はいい人なんだけど「できる」と他人に言ったことの大半をパートタイムのわたしに丸投げしてましたものね。あなたの業務の大半をわたしがやっていたとしても、あなたのほうが遥かに給料いいですものね。

「万が一この現場がなくなったら俺が転勤先を探します」といいながら、実際に転勤先を探してくれたのは別の人だとかね。笑

その代わり、責任者と同等の経験させてもらっているわけだから、心の底から感謝もしているけれど。

ふふふふふ!

 

そして今日、上司とは別の人が探してくれた転勤先候補に見学に行ってきました。

理想とは違ったけれど、雰囲気が良いし、そこの責任者が厳しくもあたたかそうな、少し年上のお姉さまだった。

一番最初から今後の話をしてくれて、わたしの経歴や病歴もざっと理解した上で「無理だけはしないでね。休みたい時には休んでいいから。あたしもそうしてるんだ。」と言ってくれた。

「慢性人手不足だからこそ、いろいろなことにチャレンジしてほしい」と言ってくれた。

ここでなら、背伸びしなくても働けそうだし、やりたいこと・やりたくないことを相談しながら働かせてもらえそう。そして、責任者がきちんと責任をもって働いているようなので、わたしも安心してご一緒できそうだと感じた。

正社員登用かつ給料水準は現職と同程度を保証してくれることになり、不採用の現場よりも良い給料になりそうです(その代わり昇給は望めないけど、そもそも不採用の現場で昇給してもらえたかどうかもわからない)

現住所からみて遠方だから一人暮らししないといけないけど、どのみち別居予定だったわけだし、JR沿線に実家があったり、今の生活圏に日帰りできるし、良縁だと感じます。

 

ああ。やっと、傷つきまくった気持ちが癒されそうです。仕事が楽しすぎて頑張りすぎないようにしなくちゃね。

週末は新居を探しに行ってきます!

ドミノ倒し

うちの職場が閉鎖(業務移譲)ということで、同業他社(業務提携先)にも影響があった気がシマス…。

同業他社の業務提携先部門に、今や友達と言って差し支えないほどに、お互い切磋琢磨してがんばろー!というノリでお仕事をご一緒していた方がいました。

知り合って短時間ですぐに意気投合し、背中を預けて働ける安心感があり、趣味も似通っていて、ゲームネタで盛り上がる、読んでる漫画が一緒、バイク免許もこれからとるって言ってたな。まあ、そんな感じで、自然と話しやすさが生じていた相手。

こちらが閉鎖になることを連絡した日「マジで!?!?」と凄く困惑しており、彼は彼なりに法人内でいろいろあったらしい。前々から業務の打ち合わせついでに雑談するたびに、転職したいって零していたりもしてました。

そしてわたしの転勤の話をしたところ「例え話だけどこれから別れる彼女に対して『別れないでー!!』と言いたくなるくらいの気持ち!!!」と言われ、ちょろっと何かを察しつつ、わたし自身も一緒に働けなくなることを残念に感じていた。

「まあそのうち友達として一緒にゲームしようや」みたいな感じで、個人的な連絡先は交換してあるし、わたしがどこに転勤になったとしても、こんなクソみたいな世の中で情熱をもって切磋琢磨できる仲間として、御縁は続けていきたいなぁとぼんやりと考えていた。

 

さっき業務の都合で連絡したら、代理人さんが出てくれて、どうやら彼、今月いっぱい休職になったらしい。

彼のことだから、とうとう転職するのかもしれないなぁ。。

 

まあ、どんな道を選んでもきっとそれなりになると思うよ。GoodLuck!それぞれのフィールドで頑張ろうな!

君と一緒に働けて本当に良かった。

オトナたちと踊ろう♪

企業対企業+αのゴタゴタに見事巻き込まれたおきょうです、こんにちは。

結論から言うと、我が職場が無くなります。もはや笑うしかないw

 

わたしなんかは今までが自営業者のような生き方かつ、周りに変人自営業者しか居なかったために「組織とか政治とかオカネとか超くっだらなwww」って鼻で笑っちゃいたくなるけど、大半のオトナたちはそういうものに大真面目に取り組んでいらっしゃるのね。

組織のちっぽけなプライドで利用者を蔑ろにする姿勢に、個人的には反吐が出るんですけれども。

今回の事の顛末があまりにひどすぎて、いわゆる「政治」とはこういうことかと思い知らされた。

「オトナの世界って汚いんですねー」って呟くと、60代の後輩が「腹黒いオトナの世界なんてこういうものなんです。純真無垢なままではやっていられないんです」と寄り添い、諭してくれる。優しい。

 

決して自分が悪い訳じゃないけれど、立て続けに傷付くことが起きて、3月に入ってから常にこころの中に重たいモノがある。

今はどうしているのかもわからない戦友ちゃんの言葉が、なるほどそういうことかとやっと理解できてきて、相手が見ている世界が近くなった気がした。

その言葉がエデンの園の木の実だったのではないかと思うほどの衝撃。

気を抜くと絶望しそう。だけども、それもまた世の中の現実なんだよね。

 

結局のところ、この世の中においてわたしはどんな生き方をしていきたいのか?というと、わたし is わたしとして、NOにはNOと言い、自分の信念は曲げず、素直さだけは失いたくない。と思う。

ここから先、恐らくわたしはエデンの園を出て、いばらの道を歩み続けることになるでしょう。

実際に転勤で、住み慣れた土地と、優しい人たちとサヨウナラすることになりそうです。

誰を信じられるのか?というと、もう誰も信じられないと思う。

 

今思うと、戦友ちゃんに出会いたくなかった。

出会ってから数か月で一気に自分の世界が変化してしまい、甘くて安らかな夢から醒めてしまったかのよう。

それでもなお、こころの中のどこかで彼と彼の言葉を慕っているわたしがいる。

胆振東部地震のときの日記が出てきた

GoogleDriveを漁っていたら、胆振東部地震の一週間後あたりの日記が出てきた。

備忘録として被災時の状況を書き残していたらしい。

読み返したら面白かったので晒してみます。 

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